日本音楽理論研究会

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大分県立芸術文化短期大学第48回定期演奏会解説より(2012年10月8日月曜日 大分市iichikoグランシアタ)

マックス・ブルッフ(1838 – 1920)作曲:2台のピアノのための協奏曲 作品88a

 マックス・ブルッフMax Bruchはケルンに生まれベルリンで没したドイツの作曲家。声楽家・音楽教師であった母親から教育を受け、音楽、特に作曲に早くから才能を示した。11歳で室内楽を作曲し、14歳の年には交響曲を作曲していることから、早熟の音楽家であったことが分かる。同年弦楽四重奏曲で賞を受け、その奨学金でさらに音楽の勉強を続け、20歳の若さで地元ケルンの音楽教師となる。その後各地を旅行、楽長等さまざまな役職を歴任し、作曲を続ける傍ら音楽家としてのキャリアを積んだ。91年にはベルリン・アカデミーで作曲のマスタークラス教授の地位に着き、1910年まで教鞭をとった。同時期ケンブリッジ大学からは名誉博士号を授与され、またベルリン王立芸術アカデミー院長を務めるなど、晩年は社会から尊敬を集め、高く評価されていたことがうかがえる。

  ブルッフの音楽上の特徴としてよく指摘されることは、民謡などに音楽的素材を求めていることであろう。しかしこれを時代思潮に背を向けた懐古主義と見るのは必ずしも的を得ていない。ブルッフの生きた時代において、民謡への回帰、過去へのあこがれは、とりもなおさずロマン主義の芸術精神そのものだからである。調構造を見ても、異名同音を巧みに利用しながら、拡張された調関係を自在に巡る手法は、同時代の作曲手法と軌を一にするといってよい。存命中のブルッフは、文字通り「当世風」の作曲家として、多くの人々にその作品が好まれていたことはあきらかである。彼の作品のなかで合唱作品、殊に世俗合唱曲が多数を占めていることも、そのことを証している。しかし彼の同時代人に、例えばヨハネス・ブラームス(1833- 1897)がいたことは、ブルッフの親しみやすい作品の数々を、(特にブルッフの没後)人々の記憶から忘れ去られる事態を加速したといえるかもしれない。今日ブルッフの作品でよく演奏されるものは、ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調他、ヴァイオリンと管弦楽のための『スコットランド幻想曲』、チェロと管弦楽のための『コル・ニドライ』など、弦楽器のための作品主であり、他の作品は演奏や録音の機会も限られている。

 本日演奏される2台のピアノのための協奏曲はそうしたブルッフの作品の中でも、録音が複数あり、比較的知名度のある作品といえるかもしれない。この作品は完全なオリジナルではなく、原曲がブルッフ自身の筆になるオルガンのための組曲第3番(1909年作曲)で、委嘱により作曲者自身の手によりピアノ用に改変された(1905年)ものである。初演は1916年で全4楽章からなる。なおブルッフの作品にはこの作品と同じ作品番号88が当てられたクラリネットとヴィオラのための協奏曲(1911年)があるが、作品番号が同じである以外両者に共通点はほとんど見いだせず、別の作品と考えた方が良さそうである。

 ブルッフが作曲に際し、民謡などを積極的に取り入れていたことはすでに述べたが、この作品でも、ブルッフ自身が旅先で見聞きした旋律が主題に取り入れられている。ブルッフが療養のために滞在した、ナポリ湾沖にあるカプリ島で出会ったプロセッション(キリスト教の行進)で演奏されていた旋律が、この協奏曲の主要主題として用いられているのである。

第1楽章 変イ短調4/4 Andante sostenuto:長く引き延ばされた付点リズムによる重々しいファンファーレで幕を開け、それに続いて主題旋律がフーガ風の模倣により提示される。以後はこのふたつのモチーフにより曲が展開していくが、第2楽章に続けて演奏するように指示があることからも、独立した楽章というよりは、第2楽章の序奏といった趣ではある。

第2楽章 変イ長調〜ホ長調3/4 Andante con moto〜2/4 Allegro molto vivace:第1楽章から続けて演奏される。弦楽およびオーボエによる短い導入で始まり、ピアノの技巧的なパッセージとオーケストラの叙情的な楽句が対比的に絡み合い、一旦半終止する(ただし単なるⅤ度の和音ではなく、Ⅴ7の第3転回形という不安定な和音である。またこの間7小節目で調号が大きく変わるが、これは記譜を読みやすくするための工夫であり、実際に大きな転調をしているわけではない)。拍子はここで2/4に変わり、律動的なモチーフがオーケストラで奏され、それに乗ってピアノで急速な上行音階による第1主題が提示される。これに対し第2主題は四分音符を主とするおおらかな旋律である。展開部ではこの二つの主題が、対位法的に展開される。その後主題の再現から結尾を経て第2楽章は終わる。

第3楽章 ロ長調3/8 Adagio ma non troppo:ゆったりとしたテンポと幸福感に満ちた叙情の楽章である。管楽器による短い序奏を経て、2台のピアノが2つの主題を順次提示・受け渡していき、弦楽器に引き継がれる。その後新たな第3の主題がオーケストラの総奏で演奏され、さらにピアノでこの主題が繰り返され、再び最初の2つの主題に戻る。最後にもう一度3つめの主題が総奏で提示され、木管が最初の主題を奏して第3楽章は終わる。この3つの主題は相互に無関係なものではなく、最初の主題から変形・変容の手法により導き出されたものとみることができる。

第4楽章 変イ長調 Andante〜Allegro:第1楽章冒頭のファンファーレが再現し、オーケストラをバックにピアノは技巧的なパッセージを奏し、Allegroの楽段に流れ込む。Allegroの楽段では、締めくくりの楽章にふさわしく、ファンファーレのモチーフを背景にピアノの華麗ななパッセージが展開されていくが、随所にこれまで楽章に使われた主題旋律、モチーフが織り込まれ、柔軟な循環形式を思わせる手法で、楽曲全体の有機的統一をはかっている。結尾ではファンファーレのリズムが短縮され、さながらフーガにおけるストレット(追拍)のような効果で加速された音楽の上で、ピアノが急速な分散和音を奏して終わる。

 

【参考資料】

Horst Leuchtmann/村田千尋訳:「ブルッフ」『ニューグローヴ世界音楽大事典』講談社 1994.

Dietrich Kämper:‘Bruch,Max’, MGG 2nd editon Personenteil.1994-, Bärenreiter and J.

     B. Metzler.

Christopher Fifield: ‘Bruch,Max’The New Gove Dictionary of Music and Musicians 2nd

     edion. 2001-, Oxford University Press.

‘Concerto for Two Pianos and Orchestra (Bruch)’(Wikipedia)

Max Bruch (1838-1920) : Concerto for two pianos and orchestra, op. 88a, Martin

     Berkofsky and David Hagan(piano),
Berliner Symphonisches Orchester,
Lutz

     Herbig(conductor).

 

文 大分県立芸術文化短期大学音楽科教授 小川伊作(音楽学)

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