日本音楽理論研究会

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若松啓子ピアノリサイタル(1995年)プログラムより

幻想曲ハ短調 K.475                 W.A.モーツアルト作曲

1785年 ウィーンで作曲。この年モーツアルトは24才年上のハイドンに、6曲の弦楽四重奏曲を献呈している(「ハイドン・セット」)。その献呈辞に「これらは、本当に長いつらい努力の結果」とあるように、この時期モーツアルトの作曲態度が大きく変貌を遂げていったのである。それまでの一直線に音楽へ飛翔していくスタイルから、くりかえし推考を重ね、熟慮の末音楽を表現していくようになったのである。この作品も全181小節が7つの楽段に細分され、楽段毎に異なる調、モチーフにより全く自由に楽想が展開していく。ピアノ・ソナタハ短調  K.457   W.A.モーツアルト作曲前の曲の前年、1784年にウィーンで作曲。やはりハ短調で作曲されているが、モーツアルトの場合短調の作品は極めて少ない。もう一つの有名なイ短調のピアノ・ソナタ(K.310)は、マンハイム・パリ旅行の途中で作曲されたが、その時期彼は母を旅先で失っていた。この作品を書いたとき、モーツアルトはどのような悲しみを抱いていたのであろうか。いずれにせよモーツアルトの短調作品は独特の暗い激情にふちどられている。ここではコンパクトな第1楽章に続いて、平行調の変ホ長調による緩やかな楽章が続く。やさしい旋律線が、きめ細かに装飾されていく様は、ロココ様式の表現を自己の中に取り入れていたモーツアルトならではといえる。続く第3楽章は冒頭のシンコペーションによって律動感が与えられた楽句が3回繰り返され、その間に異なる楽段が挿入されていく構成をとる。

ピアノ小曲集 作品118             J.ブラームス作曲

 後期ロマン派に生きながら古典的態度自己の創作の原点としたブラームスがその晩年の1892年に作曲した小品集。全6曲からなり各々「インテルメッツォ」(間奏曲)、「バラーデ」、「ロマンツェ」といった名称が与えられている。ちょうどこの前年、創作意欲の衰えから遺書まで準備したブラームスは、クラリネット奏者ミュールフェルトと出会い、その演奏に触発されて再び作曲を開始した時期であった。劇作品や交響詩に手を染めず、室内楽を中心とした器楽作品では古典的な形式を重用したブラームスではあったが、他方歌曲に名作を数多く残している点などはロマン主義の潮流の中に身を置いていたといってよい。このピアノのための小品においても、古典的枠組みを基としながら、かなり自由な形式感・和声語法による音楽を展開している。控え目ながら美しい旋律、感情をゆすぶるようなパッセージは共にブラームスの霊感に発している。

前奏曲集 作品28                 F.ショパン作曲

 シューマンによって「諸君帽子をとりたまえ。天才だ」と紹介されたショパンは、生涯を通じほぼピアノ独奏曲だけを作曲し続けたために「ピアノの詩人」とも呼ばれた。この24の前奏曲集はショパンの代表的な作品のひとつ。全体のまとまりを保持しながら、1曲1曲に個性的な工夫が凝らされており、ショパンの多面的な音楽性が伺える。ここでそのすべてを挙げることはできないが、第1番、第3番、第8番、第10番、第12番、第19番などのように練習曲的性格の強い技巧的な作品、第4番のように精妙な和声の色合いの変化を聴かせる作品、第20番のように和声と対位法の綾で魅せる作品などその表情は多彩である。また第7番や第15番「雨だれ」のように極めてポピュラーな佳品も含まれている。いずれも簡潔で分かりやすいなスタイルで書かれているにもかかわらず、奥行きと深さを感じさせる作品群である。

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